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福岡高等裁判所 昭和27年(ネ)79号 判決

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、

控訴代理人において、

(一)  本件手形は、いずれも控訴連合会福岡販売所の平従業員に過ぎない訴外小林恵偉栄において、実在しない同販売所主任小林恵偉栄なる別人格名を以て、虚偽の振出人乃至裏書人表示をなし控訴連合会のためにする意思なく、訴外富士工業株式会社々長浜田寛にそそのかされ、又はこれと相通謀して、不真正な署名を顕出したものであるから、いわゆる偽造の手形であるというべく、又少くとも訴外小林において、手形行為の代理権を有しないのに、本人たる控訴連合会のためにする意思なくして、不正に前記浜田と謀議の上、悪意を以て、事実に反する振出入乃至裏書人名義を偽つたものであるから、本件手形は、いずれも偽造手形に類するものである。これらのことは、(イ)訴外小林は本件当時控訴連合会福岡販売所の嘱託として、商品販売係を担当していた者で、控訴連合会の手形行為につき代理権を有しなかつたこと、(ロ)同販売所には、所長が実在し、四名の従業員を指揮監督していたが、主任制度なるものはなく、又事実上訴外小林に対し、主任たる資格を与えたり、四名の従業員間に上下の階級を附したこともない、すなわち、訴外小林は、いわゆる役付でなく、単に平従業員であつたこと、(ハ)本件手形(甲第一、二号証)に押捺してある振出人乃至裏書人名ゴム印は、訴外浜田によつて独断不正に作成され、且つ同訴外人と訴外小林との通謀に基き、本件手形の振出、裏書がなされたこと、(ニ)本件手形の基本たる原因行為及びこれによつて取得した金員につき、控訴連合会は全然関知せず、(ホ)又訴外小林と東京銀行福岡支店間の当座取引及び貸借関係一切は、同訴外人と前記浜田との不正な通謀に基く行為であつて、控訴連合会の関知しないところである等の諸事実に徴し、極めて明白である。従つて控訴連合会には、本件手形金につき、その支払義務はない。

(二)  仮にそうでないとしても、被控訴銀行には訴外小林のなした、本件手形行為につき、同訴外人に代理権限ありと信すべき正当の理由がない。すなわち、控訴連合会は、長野県下所在の農業協同組合の全部を連合して組織され、農業生産力の増進と、農民の経済的社会的地位の向上を図ることを目的として、農業協同組合法に基き設立された特別法人であつて、その組織規模において全国中北海道に次ぐ農業協同組合連合会であることは、顕著な事実である。このような大組織を有する特別法人の一地区の従業員四、五名程度の出先販売所において、所長が実在するに拘らず、その指揮監督下にある単なる商品販売係に過ぎない訴外小林に、控訴連合会を代理して、債務負担行為たる手形振出又は裏書等の手形行為をなす権限が与えられていると認めることは、客観的認識に合致するものではない。更に前掲(一)の(イ)乃至(ホ)の諸事実があり、しかも控訴連合会が訴外小林に対し、委任状交付又は口頭等を以て代理権を与えた旨を表示したこともない事実であるのに、なお、本件の場合、訴外小林に対し、控訴連合会が手形行為の代理権を附与したと観ることが妥当とすれば、本件の如き事案は続出し、法の善意なる第三者に対する救済は危殆に瀕し、相手方の調査不充分を好餌とし、又は悪意を以て容易に金融し得られるであろう。これらの諸点を考え合せると、特に手形、小切手の取扱に従事する金融機関との取引に関する本件の場合、訴外小林に手形行為の代理権ありと信ずべき正当の事由があるとなすことは、甚だしく客観的常識的認識に反する。

(三)  被控訴銀行は、訴外小林に手形行為の代理権ありと信ずるにつき過失がある。すなわち、

(1)  まず、本件手形(甲第一、二号証)の記載を見るに、法人名の手形の場合、通常押捺すべき当該法人を表示する角印を欠いているばかりでなく、署名人小林名下には職印がなく、単に「小林」なる極めて粗末な認印が押されており、しかも販売所名の表示があるので、当然その所長名の表示が推測されるにも拘らず、主任の表示がなされているのであつて、前記のような大組織を有する特別法人の正当な代理権を表示するものであるかどうかにつき、一見して直ちに疑義を生ずべき外観を呈しているのであるから、被控訴銀行がこれらのこと自体に疑念を抱かなかつたとすれば、それは正しく過失という外はない。

(2)  仮にそうでないとしても、代理行為中特に重要な債務負担行為たる手形行為に関する控訴連合会の如き大組織の特別法人の代理権授与については、相当厳格なものがあると通常信ぜられることは顕著な事実であるから、これが代理権確認については、格段の注意が要請されるに拘らず、被控訴銀行において、かかる注意を払つた事実はないばかりでなく、通常確実な確認方法としては、定款、資格証明、委任状、委任者の印鑑証明の受領、若しくはその照会手続又は委任者たる控訴連合会乃至同福岡販売所等につき、訴外小林の代理権に関し問合せる等の手続が考えられるのに、これらの手続を履践した事実も存しないのであつて、このことは特別の注意を必要とする場合に通常払うべき注意を怠つたことに相当し、しかも通常人より手形上の知識深かるべき金融機関において格別急迫した事情の認むべきものなく、時間的にも確認の余祐があつたに拘らず、前掲手続を怠つたのは、重大な過失というべきである。

(3)  被控訴銀行は、訴外小林の代理権の有無について調査をなした旨主張するけれども、東京銀行福岡支店に対しては、訴外小林の同銀行に対する預金開始に当り、届出でられた印鑑について照合しているのみで、手形割引及び貸付状況等については調査していない。しかも預金契約(委任契約)と債務負担に関する貸借契約(双務契約)とは、全然性質を異にするもので、預金のための印鑑届出を以て、貸借関係、延いては代理権授与ありと即断すべき法律上の根拠はない。従つて被控訴銀行のなした右調査は、単に訴外小林と前記銀行間に預金取引がある旨の確認に過ぎず、代理権の有無確認の調査にはならない。次に控訴連合会福岡販売所に対しては、結局訴外小林が主任乃至最高責任者であるかどうかについて調査したと考えられる事実がない。更に右小林の手形行為に関する代理権有無の点に至つては、これを調査した事実は、全く存在しない。そうだとすれば、結局訴外小林の代理権有無に関する調査はなされなかつたのと同様であり、このことは、本件手形が、もともと訴外富士工業株式会社の金融の便宜のために振出され又は裏書されたもので、当時同会社に対する被控訴銀行の信用は極めて厚かつた関係上、本件手形は単なる形式的のものに過ぎず、被控訴銀行としては、その振出人乃至裏書人に対する責任追求の意思を有しなかつたものと推測される事実によつて裏付けられるところである。

と述べ、被控訴代理人において、

(一)  訴外小林は、控訴連合会福岡販売所の金銭収支その他一切の業務を任されていた者であつて、このことは、同訴外人が同販売所設置当初から勤務し、特に控訴連合会長の身分保証があり、且つ同販売所における最年長者であつた関係上、所長より厚く信任されていたこと、所長丸山茂三は、福岡県購買農業協同組合連合会専務理事として常勤し、前記販売所には殆んど出勤していなかつたこと、訴外小林は、販売所主任名義で、東京銀行福岡支店との間に当座取引をなし、数回に手形割引又は手形貸付を受け、当座預金より控訴連合会に送金していたこと等の事実に徴して明白である。従つて訴外小林は、前記販売所において、事実上金銭収支に関する代理権を有していたものと認むべきであるから、控訴人主張の如く、同販売所に主任制度はないとしても、訴外小林が販売所主任として本件手形行為をなした以上、手形偽造の問題を生ずる余地はない。更に訴外小林は、右のように金銭収支の事務に当つていたのみならず、農産物の販売事務を担当し、この事務遂行のためには、資材購入もなし得るところであるから、その代金支払のため、手形を以て決済することができる筈であり、従つて同訴外人が何等の権限なくして本件手形行為をなしたとの控訴人主張は、理由がない。

(二)  本件手形行為は、控訴連合会福岡販売所主任なる肩書を以てなされているのであつて、このこと自体、代理人による手形行為として要式に適合し、何人も訴外小林に控訴会社を代理して手形行為をなす権限ありと信ずるにつき正当の事由があるものである。すなわち、手形行為については、それが要式行為であるが故に、手形の要件を充す限り、有効に解釈しなければ、取引の安全を維持することはできない。殊に信用取引においては、手形は金銭と同様に取扱われるのであるから、控訴連合会が特別法人であろうと、或はその販売所に主任制度がなかつたとしても、前記の如く、訴外小林が実質上販売所の経理に当つていた事実より見て、被控訴銀行が同訴外人に代理権ありと信じたことは、客観的事実とも符合するものである。控訴人主張の如く手形取引において代理権を授与した旨を表示することは通例のことではない。委任状又は口頭による表示が手形以外にあつたときのみ、手形行為が有効に代理せられるものの如き解釈は許さるべきでなく、代理権ありや否やにつき正当事由となるものは、手形行為そのものについて判断されねばならない。

(三)  本件手形はすべて訴外浜田寛の申出に基き、被控訴銀行が手形割引によつて取得したのであるが、本件甲第一号証の手形の前身たる甲第八号証手形を被控訴銀行において割引したのは、昭和二十四年九月二十六日であつて、被控訴銀行は、当時右手形の支払場所である東京銀行福岡支店につき、訴外小林の印鑑照合しているのであり、このように印鑑の照合をすれば、右手形が支払わるべきものと信ずるのは当然のことに属し、被控訴銀行としては、これ以上の調査を必要とするものではない。しかも被控訴銀行は、本件手形の原因関係は勿論その他前記販売所について訴外小林の資格に関する調査も遂げているのである。控訴人は、控訴連合会の委任状、印鑑証明等を受領しなかつたことを以て恰も過失ある如く、主張するけれども、手形貸付と手形割引とは、その性質上調査方法は自ら異らざるを得ないのであつて、手形貸付又は担保貸付の際は、相当の調査が必要であるが、商業の手形割引に際しては、手形振出人の資力、印鑑の相違を調査し、迅速に貸出をなすものである。控訴人の主張は、徒らに煩雑な手続を要求するもので、手形制度の特殊性を看過した議論というべく、被控訴銀行には、何等過失の責められるべきものはないのである。

要するに、控訴人の主張はすべて自己の責任を善意の第三者たる被控訴人に転嫁するもので、全く理由がない。と述べた外、それぞれ原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する(但し、原判決書二枚目表五行目に「裏面譲渡」とあるのを「裏書譲渡」と、同八行目に「株式会社中央信託銀行福岡支店」とあるのを「株式会社東京銀行福岡支店」と、それぞれ訂正する)。

<立証省略>

三、理  由

原審証人小林恵偉栄の証言により、それぞれ成立を是認すべき甲第一、二号証によれば、訴外小林恵偉栄が長野県販売農業協同組合連合会の福岡販売所主任名義を以て被控訴銀行(旧称中央信託銀行株式会社)に対し、訴外鹿児島県畳商工業協同組合(理事長山下卯助)が昭和二十四年十月二十日訴外富士工業株式会社宛に振出した額面金九十三万三千百二十円、支払期日同年十二月十九日その他の記載事項は被控訴人主張のとおりの約束手形一通(甲第二号証)を裏書譲渡し、更に右小林は、同じく前記連合会の福岡販売所主任名義を以て、昭和二十五年一月四日、被控訴銀行宛額面金三十九万円、支払期日同月二十日、その他の記載事項は被控訴人主張のとおり約束手形一通(甲第一号証)を振出した事実及び右二通の約束手形は、それぞれその支払期日、支払場所に呈示されたが、いずれもその支払がなされなかつた事実を認めることができるのであつて、前記連合会が昭和二十五年八月二十三日長野県農村工業利用農業協同組合連合会と合併して、控訴連合会となつたことは、当事者間に争のないところである。

ところで、前掲甲第一号証の振出人欄及び甲第二号証の裏書人欄には、それぞれ訴外小林の記名捺印があり、右記名捺印には、長野県販売農業協同組合連合会主任なる肩書が記載されているのであつて、右記載によれば、同訴外人が控訴連合会の前身たる右連合会を代理して、本件手形二通の振出又は裏書をなしたものと解すべきところ、訴外小林の右手形行為の代理権限につき争があるので、まず、この点について判断するに、原審証人大沼田正雄の証言により成立を認める乙第三号証の一、二、当審証人山本直次郎の証言により成立を認める甲第八号証に、原審証人大沼田正雄、当審証人浜田寛(第一、二回の各一部)小林博、丸山茂三、原審並びに当審証人小林恵偉栄の各証言を綜合すれば、訴外小林恵偉栄は昭和二十三年九月三十日より昭和二十五年一月十日まで、前記連合会福岡販売所に専務嘱託として勤務し、本件当時においては最高責任者たる同販売所々長丸山茂三の指揮監督の下に、同連合会の事業の一部である農産物の販売事務を担当していた者で、右職務権限の範囲内において前記連合会を代理する権限を有していたが、同連合会を代理して手形行為をなす権限は与えられていなかつたのであり、しかも右販売所には、元来主任なる制度はなく、同訴外人においてかかる肩書の使用を許されたこともなく、殊に手形の振出、裏書については、最高責任者たる同販売所々長でさえ連合会本部より、かかる権限を与えられていなかつた事実及び訴外小林は、昭和二十四年八月頃予て知合の訴外富士工業株式会社々長浜田寛より、同会社が福岡県購買農業協同組合との取引に要する運転資金の調達につき、援助方を懇請され、自己が該取引の紹介者であつた責任上、やむなく、右懇請に応じ、不正にも前記福岡販売所主任なる肩書を冒用して、浜田のため、額面金三十九万円の甲第八号証約束手形(前記証人浜田寛の証言中右手形金額に関する部分は信用し難い)を振出して、浜田に交付し、その割引によつて被控訴銀行から得た金員を同人に使用させ、又その頃浜田に懇願されるまま、前記連合会の集金を利用して東京銀行福岡支店との間に、同様肩書を冒用して、当座取引の口座を開設する等、爾来引き続き専ら浜田のため金融を図つてやつたのであるが、本件手形の振出、裏書は、いずれも訴外小林の右不正行為の一環である事実を認めるに充分であつて、原審証人山本直次郎、俣木国義の各証言中訴外小林が前記販売所の業務一切を行う権限を有していた旨の被控訴人主張に副う部分は、信用し難く他に前記認定を覆えし、被控訴人の右主張事実を認めるに足る証拠はない。

然らば訴外小林の本件手形に関する振出、裏書の行為は、その権限を超えたものであること明らかであるが、この点に関し、被控訴人は、訴外小林の右手形行為については、表見代理の法理に基き、控訴連合会の前身たる前記連合会、延いて控訴連合会にその責任がある、と主張するので、この点について考えてみるに、成立に争のない甲第三号証、当審証人山本直次郎の証言により成立を認める甲第九号証、当審証人浜田寛(第一、二回の各一部)小林博、原審並びに当審証人山本直次郎(原審については、その一部)小林恵偉栄の各証言に前段認定の諸事実並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、訴外浜田寛は、富士工業株式会社の資金調達のため、最初に訴外小林恵偉栄より前記販売所主任名義の約束手形(甲第八号証)を被控訴銀行に持参し、昭和二十四年九月二十七日割引を受けたのであるが、右割引に際し、被控訴銀行係員は、右手形の振出署名人である訴外小林が同販売所の最高責任者であるかどうかを確めるべく、同販売所に赴き、同訴外人と面会して、右手形の原因関係及び富士工業株式会社との取引関係についての説明を聴取したのであるが、その際における訴外小林の応待の態度や同販売所裏の社宅に同訴外人の門札があるのを一見したことからたやすく訴外小林が同販売所の主任であり、最高責任者であると判断し、この点について特に言及することなく辞去した事実、一方、被控訴銀行は、前記甲第八号証約束手形の支払場所が東京銀行福岡支店となつていたので、同日前同係員をして、右支店に赴き、訴外小林が、前記の如く、浜田の依頼によつて開始した同支店との当座取引につき届出をなした印鑑と照合して甲第八号証手形のそれが一致するのを確かめさせたが、被控訴銀行としては、該手形を持参した浜田とは前記株式会社創立当時より金融の便を与えてきた関係もあり、右手形の割引金が同会社のため使用されるものであることを知悉し、且つ浜田を信用していたので、それ以上の調査をなすことなく、訴外小林が前記販売所の最高責任者従つて手形行為の代理権限あるものと信じて、甲第八号証約束手形を割引取得したものである事実及び本件甲第一号証の手形は、その後、右甲第八号証手形を書替えたものであり、その間被控訴銀行は、本件甲第二号証の手形を前同様の事情の下に裏書取得したのであるが、これらの書替或は裏書に際しては、前記甲第八号証の手形取得当時の調査によつて充分の調査が尽されたものとして、その署名人たる訴外小林の代理権限につき格別の調査もしなかつた事実を認めることができる。しかし本件甲第一、二号証の各手形及び甲第一号証手形の前身たる甲第八号証手形の額面金額は本件当時の経済情勢に照し、いずれも相当高額のものであり、しかも、当審証人山本直次郎の証言及び弁論の全趣旨によつて認められる如く、被控訴銀行と前記連合会福岡販売所との取引は、右甲第八号証の手形が最初であり、その支払ができないため、甲第一号証手形にまで書替えられたというのであつて、且つ又本件手形の割引に関し格別の緊急性を必要とした事情も認められないのであるから、金融機関たる被控訴銀行としては、かゝる手形については、その署名人の代理資格について、これを確認すべき充分な調査を遂げなければならない筋合である。ところが、前記の事実によれば、被控訴銀行のこの点に関する信頼の根拠は、訴外浜田との前記のようないきさつがあつたにせよ、結局手形自体における訴外小林の肩書記載、同訴外人に面接した際の応接の態度、他銀行との取引における印鑑との照合の三点の帰着するものと認めざるを得ないのであつて、前二者のみによつて代理権限の有無を判断することの早計であることはいうまでもないことであり、又本件手形と同一肩書による訴外小林と他銀行との当座取引が存し、同一印鑑が届出でられているとしても、前掲甲第三号証及び当審証人浜田寛(第一回の一部)、小林恵偉栄の各証言並びに弁論の全趣旨に徴して窺い得る如く、右印鑑は訴外小林のみの届出によるもので、その照合に当つた被控訴銀行の係員において訴外小林に対する前記連合会の委任状の有無等についてはこれを調査した形跡もないのであるから、右印鑑の照合によつて調査の義務を尽したということはできない。被控訴人は、この点に関し、訴外小林と東京銀行福岡支店との取引の実態を挙げているけれども、当審証人山本直次郎の証言及び弁論の全趣旨に明らかな如く、本件当時において被控訴銀行は該取引の実態につき調査したことはなく、それらのことは、本件手形行為のなされた遥か後に被控訴銀行の知り得た事実に属し、いわゆる表見代理の正当事由判定の基準となすに由ないものである。

然りとすれば、被控訴銀行の訴外小林の代理権限調査に関する措置は極めて杜撰なものであり(本件の場合、当審証人山本直次郎の証言に現われているとおり、被控訴銀行の前記調査当時、前記販売所に所長のあることが予想されたのであるから、被控訴銀行において右所長に問合せさえすれば、容易に訴外小林の不正が曝露された筈である)、被控訴銀行がこの程度の調査を以て充分であるとなしたのは、取引の通念上金融機関として採るべき相当の措置を怠つた過失があるというべく、従つて代理権限ありと信ずべき正当の事由を欠く場合に該当するものという外はないから、他の争点に対する判断をなすまでもなく、控訴連合会は、この点において本件手形金につきその支払義務がないこと明らかである。

よつて被控訴人の本訴請求は失当として棄却を免れないもので、これと異なる見解に出た原判決は不当であり、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田三夫 川井立夫 鈴木進)

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